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5月4・5日:オランダの戦没者追悼と解放記念日を知る
社会 読了 3分

5月4・5日:オランダの戦没者追悼と解放記念日を知る

黙祷、自由の炎、そして100万人のフェスティバルへ

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毎年5月、オランダは二日間にわたって第二次世界大戦の終結を刻む。4日は「追悼の日(Dodenherdenking)」として戦没者を静かに悼み、5日は「解放記念日(Bevrijdingsdag)」として自由を喜び合う。単なる祝日ではなく、オランダ社会が過去と向き合い、現在の自由の価値を確認する、年間で最も重みある二日間だ。

5月4日――国全体が2分間、静止する

1940年5月10日、ナチス・ドイツはオランダに侵攻した。同月14日にはロッテルダムへの壊滅的な爆撃が行われ、翌15日にオランダは降伏。約5年に及ぶ占領が始まった。その歴史的な重みを受け止めるのが5月4日だ。

当日は全国の市町村で数百件もの追悼式典が開かれる。なかでも印象的なのは、かつてドイツ占領軍に処刑されたレジスタンスの人々を偲ぶ、辺鄙な場所に設けられた記念碑での式典だ。外国人兵士が眠る戦争墓地でも、丁寧に整備された墓前で静かな祈りが捧げられる。

最大の式典は午後8時、アムステルダムのニューウェ・ケルク(新教会)で始まる。国王・王妃が臨席するなか厳粛な式典が行われ、その後ダム広場の平和記念碑へと移動して献花と2分間の黙祷が続く。この黙祷は全国で厳格に守られ、公共交通機関は停車し、車は路肩に寄せて止まり、スキポール空港では離着陸が中断される。バーやレストランでも音楽が止まり、スタッフが客に静粛を求める場面もある。式典はNPO 1テレビで午後7時45分から生中継される。一度は現地で体感する価値がある、と多くの人が語る。

なお、ハーグのランゲ・フォールハウトでは午後7時から、オランダの戦没者のみならずすべての戦争犠牲者を追悼する別の式典も開かれており、より広い視点から戦争を考える場となっている。

5月5日――自由の炎が全国を巡る

解放の日は真夜中のワーヘニンゲンから幕を開ける。1945年5月5日、まさにこの地にあるホテル「デ・ウェーレルト」でドイツ軍が降伏文書に署名した。その歴史的な場所で「自由の炎(Vrijheidsvuur)」が点火され、2,500人のランナーたちがトーチを手に全国各地へ走り出す。追悼から祝祭へ――炎はその象徴的な橋渡しを担う。

2026年の解放記念日の主役はユトレヒトだ。毎年持ち回りで選ばれる開幕都市として、テレビ司会者のスプリンター・シャボットが「自由とは何か」をテーマに年次スピーチを行う。その後、全国14か所の解放フェスティバルに約100万人が集い、音楽やパフォーマンスで自由を謳歌する。2026年のテーマのもとで出演するアーティストにはデ・ヨスティバンド、カルスー、ラ・フエンテ、ロルフ・サンチェスらが名を連ねる。5年ごとに設定される非公式な祝日は2026年には当たらないが、祝典の熱気は例年と変わらない。

各地では地域住民が一堂に会す「解放ミール(Bevrijdingsmaaltijd)」も近年定着している。今年の「解放スープ」はシェフのヤニー・ファン・デル・ヘイデンが監修した、クリーミーなカレー風味のビーンスープだ。夜はアムステル川畔での恒例コンサートで締めくくられ、王室や地元の要人も参加するこの野外イベントはNPO 1で午後8時30分から生放送される。フィナーレは参加者全員によるヴェラ・リンの名曲「We’ll Meet Again」の大合唱で幕を閉じる。

オランダに暮らす私たちにとって

在蘭の日本人にとっても、この二日間はオランダ社会を深く理解する機会だ。5月4日の黙祷は公共の場で突然始まることがあるため、その場に合わせて静かに立ち止まることがマナーとして求められる。解放記念日の式典やフェスティバルは外国人にも開かれており、参加することでオランダの歴史観や自由への思いを肌で感じることができる。追悼と祝祭が隣り合うこの二日間は、現在の平和が何の上に成り立っているかを改めて問いかけてくれる。

情報源: DutchNews

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