戦没者追悼式典の当日に――ダム広場の国立記念碑が赤いペンキで汚損
「ジェノサイド」の文字も。清掃員が即座に除去作業へ
5月4日、オランダ全土が第二次世界大戦の犠牲者に黙祷を捧げる戦没者追悼記念日(Dodenherdenking)の当日朝、アムステルダムのダム広場にそびえる国立記念碑が赤いペンキで汚損された。アムステルダム市の公共放送局AT5が撮影した写真には、碑面に「GENOCIDE(ジェノサイド)」の文字が大きく記されている様子が映されており、清掃員がただちに除去作業にあたった。犯行の背後関係は現時点では不明で、警察による調査が続いている。
追悼の場が標的に
国立記念碑は1956年に建立され、戦時中の犠牲者を悼む場として国民に広く親しまれている。毎年5月4日夜には国家追悼式典(Nationale Herdenking)がこの碑の前で執り行われ、国王・王妃をはじめ政府要人や市民が参列する。式典では午後8時に2分間の黙祷が行われるのが長年の慣例だ。当日朝という式典直前のタイミングでの汚損は、追悼という厳粛な場の象徴を直接的に標的にした行為として、オランダ国内で強い批判を呼んでいる。
相次ぐ赤いペンキによる汚損行為
今回の事件は突発的なものではない。近年、赤いペンキを使った同様の汚損がアムステルダム市内の著名な建造物や記念碑で繰り返されている。昨年8月には同じ国立記念碑が、大規模な親パレスチナデモの最中に汚損された。また、ダム宮殿やアムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)、その他の市内美術館も過去に同様の被害を受けており、一連の行為は文化施設や歴史的建造物を政治的主張の場として利用する手口として繰り返されてきた。
在蘭日本人にとっての意味
在蘭日本人の多くにとっても、5月4日の追悼記念日はオランダ社会の深層に触れる重要な機会だ。オランダは第二次世界大戦中にナチス・ドイツによる占領を経験しており、この追悼式典は単なる歴史的行事ではなく、国民の集合的記憶に根ざした儀式として位置づけられている。今回の汚損行為は、その象徴の場が政治的対立の文脈に引き込まれるという事態を改めて示すものであり、追悼の意味や公共空間のあり方をめぐる議論は今後もオランダ社会で続きそうだ。
情報源: NOS Algemeen


