スマホで宇宙の爆発を発見——市民科学アプリ「Black Hole Finder」が登場
ナイメーヘン発、AIと人間の目が協力してブラックホールを追う
1000万年前、どこか遠くの宇宙で一つの星が死んだ。その核が崩壊し、衝撃波が外層を宇宙空間へと吹き飛ばした。その爆発の光は以来ずっと旅を続け、ある夜、チリの山頂に設置された望遠鏡の鏡面に降り注ぐ。そして数分後、その同じ映像があなたのスマートフォンの画面に現れる——地球上でそれを目にする最初の人間として。
そんな体験を可能にするのが、ナイメーヘンのラドバウド大学天文学者ピーター・ヨンカー氏が考案した市民科学アプリ「Black Hole Finder」だ。チリに設置されたオランダの望遠鏡群「BlackGEM」が常時観測する空から、超新星や星同士の衝突といった「トランジェント(突発天体現象)」の映像をリアルタイムで受け取り、一般ユーザーが分類・報告に参加できる。アプリの開発はオランダのスタートアップ企業Pocket Scienceが担当した。
人間の目が持つ「文脈」という強み
アプリの操作はシンプルだ。ユーザーには同じ宇宙の一角を撮影した3枚の画像が提示される。最新の観測画像、過去の画像、そして両者の差分のみを抽出した画像だ。白い点が差分画像に現れたとき、問われるのは「これは本物の天体爆発か、それとも検出器のノイズや通過中の人工衛星か」という一点である。数タップで判断を送信すると、その情報が世界中の参加者のデータとともに集積され、専門家による精査へと続く。
「人間が得意なのはコンテキスト(文脈)の理解です」とヨンカー氏は語る。光の点が銀河のそばに位置していれば、その関連性を人間は直感的に把握できる。AIでも訓練すれば可能だが、コストと難易度が高い。また速度も重要な要素だ。チリが夜のとき、世界のどこかには必ず誰かが起きている。「常にあちこちで誰かが観測に参加できる体制」を実現するうえで、スマホという個人デバイスは理想的なプラットフォームとなった。
技術的な精度を高める工夫も施されている。ヨンカー氏の研究グループに所属する博士課程学生ダニエル・ピーテルス氏は、太陽系内の小惑星など「本物の宇宙爆発とは無関係な前景天体」をデータストリームから除去するアルゴリズムを開発した。こうした前処理があることで、アプリに届く情報の質は格段に向上している。
すでに専門家より先に発見した例も
BlackGEMのプロジェクトマネージャーで同大学のスティーブン・ブルーメン氏は、「アプリ経由で、私たち自身が確認するより先にトランジェントが発見された例がすでにある」と明かす。天文学の世界では数分の差が致命的になりうる。有望な信号を確認したあとは、大型望遠鏡による追観測が始まり、複数の波長で同時に分析が行われる。重力波——コンパクト星同士の衝突で生じる時空のさざ波——に伴う光を捉えることも、重要な目標の一つだ。
市民科学の有効性は過去にも証明されている。オランダで実施されたiSPEXプロジェクトでは、市民がスマホで大気汚染を計測し、その結果は衛星データと良好な一致を示した。銀河の形態を分類するGalaxy Zooや、コンピュータが見落とした系外惑星を発見したPlanet Huntersなど、先行事例も豊富だ。Black Hole Finderはそうした流れを宇宙の最前線へと引き継ぐ試みといえる。
ヨンカー氏がこのプロジェクトに込めるのは、科学的な成果だけではない。「科学とは共同作業であり、その方法論を広く伝えたい」という思いがある。「人はパンだけで生きるのではない。精神を養う必要がある」と彼は言う。1000万光年の彼方で起きた出来事が、手元のスマホ画面に届く——その驚きを共有することが、このアプリの根底にある動機だ。在蘭の日本人も含め、世界中の誰もが今夜から宇宙の観測者になれる。
情報源: NRC





